テラダのブログ

どこにでもいるふつうの大学生がちょっとカッコつけて書くブログ

#20 ”長濱ねる”という天使のような女神のよう存在が再び僕らの前にあるという世界の美しさについて

 2019年の夏に欅坂46を卒業した長濱ねるが1年の時を経て芸能活動を再開した。いやぁ驚いた。

 

 

 2016年春に欅坂46にハマった。これが僕が初めて好きになったアイドルグループ。その中の推しメンが長濱ねる。とはいえあくまで僕はグループ自体を応援するいわゆる箱推しでもあったのだが箱推しとはいえど長濱ねるは特別な存在だった。まずかわいい。そんで賢い。それに加えてかわいい。(今日はこの辺にしといてやるぜ)長濱ねるが卒業してから1年、僕は欅坂46の新たな推しが決められずにいる。まぁあんまり決める気がないんだけどね。欅坂46は推しを決めなくても楽しめるタイプのアイドルなので。

 

 

 そんな特別な存在の長濱ねるが2019年に卒業すると聞いたときは僕はしっかり泣いた。3月くらいに発表していたので5月の欅坂46の武道館ライブでは長濱ねるが見納めかもしれないからしっかりと目に焼き付けておこうと意気込んでいった気がする。そしたら武道館ライブがめっちゃ尖った構成でM Cほぼ無しのいわゆる欅坂のクールなイメージの曲のオンパレードであんまり長濱ねるに注目できないまま終わっちゃったのはいい思い出。あのライブカッコよかったなぁ。

 

 

 卒業理由とか今後の活動の仕方とかうまく濁して卒業していった長濱ねる。復帰した今だからこそあのやり方は少し卑怯だったなんて言えるけど、欅坂46は長い長い冬の時代だったし今後のこととか深く詮索してはいけない雰囲気がものすごく漂っていたから、「きっと、芸能界疲れたんだろうなぁ」って勝手に僕の中で卒業理由作ってしまったことはすごく反省している。そんなこと本人の口から一切言っていなかったのにね。何らかの形で理由がないと受け入れ難い事実ではあったから…オタクの悪いとろだな。

 

 

 長濱ねるは曖昧な卒業だったから、ずっとねるねるねるねる言っているのもなんだか申し訳ないような気がして(てっきり芸能界が嫌になったものだと思っていたから)ケータイの壁紙とか長濱ねるから変えたりした。それでも部屋に飾っていた長濱ねるの生写真は片せなかった、今では片付ける必要もなくなってよかった。もうちょい棚の前の方に配置変えよかな、でも落ちるのやだな…あぁ贅沢な悩み。

 

 

 突然の復帰に驚きは隠せないし、いまだに実感は湧かないままなんだけれども推しを応援できる幸せをまた味わえるのが楽しくてたまらない。長濱ねるが卒業しても変わらず欅坂46は好きなままだし、日向坂46とか日向坂の推しとか応援したいものがたくさんあってよかったなと思う。ほぼ同じリズムの毎日の中で推したちが僕に与えてくれる輝きの有り難さを実感する今日この頃。とりあえず僕はあんまり読み返せずにいた長濱ねるの写真集をもう一度読み返そう。

 

 長濱ねる、”ここから”よろしくお願いいたします。